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鹿児島地方裁判所 平成6年(ワ)367号 判決 1995年12月14日

鹿児島県<以下省略>

原告

右訴訟代理人弁護士

久留達夫

福岡市<以下省略>

被告

久興商事株式会社

右代表者代表取締役

Y1

京都市<以下省略>

被告

Y1

右両名訴訟代理人弁護士

上田正博

主文

一  被告らは、原告に対し、各自金一〇七九万〇八五四円及びこれに対する平成六年二月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一申立

一  原告

主文同旨

二  被告ら

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因及びこれに対する被告らの認否(認否は【】内に記載、以下同じ)

1  当事者

(一) 原告は、大正一四年○月○日生れであり、昭和二五年以降農業委員を一三期連続して務め、昭和三〇年ころから養豚業を営んできたが、昭和三三年にa市議会議員に選出され最近までこれを務めた。原告は、平成元年ころ心臓病で体調を崩して養豚業を廃業し、平成二年九月には北九州市のb病院に入院して心臓病の手術を受けた後、鹿児島県姶良郡のc病院に転院し、一時退院した後の平成三年二月から同年六月八日に妻が死亡するまで、妻と共に同病院に入院していた。その後原告は一時退院していたが、同年一一月六日から再び入院して現在に至っている。原告は病弱であり、株式取引や商品先物取引の経験は全くなかった。原告は、妻の死亡による約金七六〇万円の生命保険金を受領した。

【原告がa市議会議員であったことを認め、その余は不知】

(二) 被告久興商事株式会社(以下「被告会社」という。)は、商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を目的とする会社であり、被告Y1(以下「被告Y1」という。)は被告会社の代表取締役である。

【認める】

2  原告と被告会社との委託取引の経過

(一) 平成三年七月一三日ころ、被告会社の従業員A及びBが原告宅を訪問し、大豆の取引について、必ず儲けになりますとか、すぐ倍になりますとか言って、執拗に勧誘し、原告から金一〇〇万円を出すことを承知させた。同月一五日ころ、被告会社の営業課長代理のCが原告宅を訪れ、必ず儲かるとメモ帳に数字を書いて説明し、執拗に勧誘したため、原告は結局金二〇〇万円を出すことを承知させられ、翌一六日に訪れたC及び被告会社鹿児島支店次長のDに金二〇〇万円を交付した。その際、二人は原告が受け取った生命保険金のことを巧みに聞き出し、更に出資するように執拗に勧誘した。なお、二人は帰り際に「先生は素人ですから玄人の私達に任せて下さい。必ず間違いなど起こしませんから心配なくこの書類に署名押印してください。」と言い、原告に書類に署名押印させた。当日の夕方、被告会社から、二四七〇円で買った旨の連絡があった。

【A及びBが原告宅を訪問し証拠金一〇〇万円とする委託契約が成立したこと、Cが訪問し証拠金二〇〇万円を受領したことを認め、その余を否認する。A及びBの訪問日は平成三年七月一六日であり、Cが金二〇〇万円を受領した日は同月一七日である。Dは訪問していない。】

(二) その後も、Cは、原告に対し、原告の妻の初盆前には儲けも含めて全額渡すからあと金三〇〇万円出資するようにと、儲けが確実なことを強調して執拗に勧誘したため、原告は、同月二〇日、来訪したCとDに対し、金三〇〇万円を交付した。

【Cが原告宅を訪問し証拠金三〇〇万円を受領したことを認め、その余を否認する。】

(三) ところが、同月二三日ころ、Cが原告宅を訪れ、大豆価格が下がってしまったから一週間限りでよいので歯止めをするように言ってきた。原告は、Cの言う歯止めの意味が全く判らず、今までの建玉を手仕舞いしてほしいと頼んだところ、Cは、今売ってしまっては赤字が多くなるので歯止めをしてくださいと言って執拗に歯止めを勧めた。同月二七日ころにも、CとDが原告宅を訪れ、今歯止めをかけなければいけないとか、一週間でよいのでどこからでも都合してほしいと強調した。そのため、原告は、同月二八日ころ、CとDに対し、定期貯金等を解約して金三〇〇万円を交付した。

【Cが原告宅を訪問して証拠金三〇〇万円を受領したことを認め、その余を否認する。】

(四) しかし、Cは、その後も、前に金五〇〇万円出資してもらった買いが下落しているので一週間だけでよいからあと金二〇〇万円用意してほしいと執拗に勧め、同月三〇日ころには原告宅を訪れ、メモ帳にいろいろと書いて説明したり、全部で金一〇〇〇万円出資してくれれば金五〇〇万円は保証するなどと言って、二時間位も執拗に粘り、心臓バイパス手術を受け体調の悪い原告は、更に金二〇〇万円を出すことを約束させられた。原告は、同年八月初旬ころ、Cに対し、一週間限りと念を押して、娘のEから借りた金二〇〇万円を交付した。

【Cが証拠金二〇〇万円を受け取ったことを認め、その余は不知ないし否認する。】

(五) 同年八月六日ころ、Cは、原告に利益金として金八万二九八八円を交付したが、原告が約束どおり妻の初盆前に出資した金一〇〇〇万円を持って来るように要求しても、今儲けつつあるからもう暫くの間辛抱してくださいなどと言って、返還に応じようとしなかった。同月二〇日ころ、Cは原告宅を訪れ、利益が出ている旨を伝え、原告の返還要求に対しては、その内必ず持って来ると言ったが、結局持って来なかった。

【Cが原告に金八万二九八八円を交付したことを認め、その余を否認する】

(六) 同年九月一〇日ころ、原告は、来訪したCとDに対し、同年一〇月一八日から同月末日まで中国旅行をするから手仕舞いをして現金化してほしいと頼んだところ、Cはこれを了承した。しかるに同月一五日ころ、原告は、中国旅行が近づいたので被告会社に電話をし、CやDを呼び出したが、二人とも外出中ということであった。原告は電話するように伝言したが、電話はなかった。同年一一月三日、原告が中国旅行から帰ると、損仕切で赤字になっている旨の書類が被告会社から三、四通届いていた。原告は、ショックを受けて被告会社に電話で抗議したが、それ以後眠れない日が続き、同月六日、c病院に入院した。【不知ないし否認する】

(七) その後、C、被告会社の本社の調査室長、被告会社鹿児島支店長Fらが数回病院を訪れ、平成四年一月一六日には退院中の原告宅にCとDが来たので、原告はその都度苦情を言ったが、なおも被告会社は善処せず、その後の同年二月六日及び一二日ころにも売買報告書が届き、合計金四〇二万五一〇九円の差引損失となっており、返還可能金額は金九〇万二三八五円となっていた。しかし、Cは、結局右金九〇万円さえも持ってこなかった。

【Cほかの被告会社従業員の訪問を認め、その余を否認する。】

(八) その後、原告から依頼を受けた原告訴訟代理人が、被告会社に対し、平成六年二月四日到達の内容証明郵便で取引終了の意思表示をしたところ、同月二〇日までに被告会社より金一〇万六一五八円の送金があった。【認める】

3  被告会社従業員らの行為の違法性

(一) 商品先物取引は、将来への見通しを要とした投機行為であり、商品価格は国際的な政治・経済・軍事・気象その他の影響による複雑な需給関係や思惑を反映して絶えず変動しており、一般の委託者が各種情報を収集して的確に把握分析することは極めて困難であるうえ、一割程度の委託証拠金で大量の取引が可能であり、僅かな値動きでも大きな損益が発生し、一般の委託者にとっては極めて危険な取引である。そのため、委託者保護を目的として商品取引所法、同施行規則、商品取引所の定款、受託契約準則、旧全国商品取引所連合会の指示事項、日本商品取引員協会の協定事項、新規委託者保護管理規則等により、不適格者への勧誘・無差別勧誘の禁止、建玉制限、断定的判断の提供・利益保証の禁止、投機性の説明義務、両建の禁止、一任売買の禁止、無断売買の禁止、無敷・薄敷の禁止などが定められている。

(二) しかるに、被告会社従業員らは、面識のない原告に突然電話したり訪問したりして、原告が高齢者・取引未経験者・長期療養者であるのに、平成三年七月一七、一八日の二日間で一〇〇枚もの大量の取引をさせ、その後も無意味な両建や反復売買を継続して短期間で極めて頻繁に大量の取引をさせている。また、その中には委託証拠金も受領していないのにその入金を前提として取引をしているものもあり、その間、被告会社従業員らは、「儲けが倍になる」「今が最低価格だ」「一週間限りでよいから歯止めをしてくれ」などといかにも短期間で大きな利益が上がることが確実であるかのように言い続け、原告の仕切りの意向を無視して取引を継続し、結局、原告が中国旅行中にわざわざ原告に損になるように仕切りを行い、委託証拠金の大部分を原告から巻き上げてしまった。右行為は、商品取引を装ってはいるものの、当初から顧客である原告の意向を無視し、次々に取引を開始させ、委託者保護のための右各種法規等を無視して、手数料稼ぎ或いは向かい玉による利益稼ぎを目的とした典型的客殺し商法であり、故意又は過失による不法行為に該当し、また、原告との委託契約上の債務不履行に該当する。【争う】

4  被告らの責任

被告会社は民法七一五条の使用者責任又は同法四一五条の債務不履行責任を免れない。また、被告会社は会社ぐるみで顧客に対し同様の被害を与えており、改まるところがない。被告Y1は、被告会社の代表取締役として従業員を監督し、顧客の損害を防止すべきであるにもかかわらず、従業員の違法行為を放置しており、商法二六六条の三により責任がある。【争う】

5  損害

原告は、被告会社従業員の不法行為により、被告会社に総額金一〇〇〇万円の委託証拠金を交付しており、返還を受けた金一八万九一四六円を控除した残額金九八一万〇八五四円の損害を受けた。また、弁護士費用としては金九八万円が相当である。

【原告から被告会社への金一〇〇〇万円の委託証拠金の交付、被告会社から原告への金一八万九一四六円の支払を認め、その余を争う。】

6  よって、原告は、被告会社に対しては使用者責任又は債務不履行に基づき、被告Y1に対しては商法二六六条の三に基づき、各自、合計金一〇七九万〇八五四円及びこれに対する不法行為又は債務不履行の後である平成六年二月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの主張及びこれに対する原告の認否・反論

原告は、本件取引当時、現職の市議会議員であり経済委員でもあったもので、その業務に従事していた。被告会社の担当従業員らは、本件取引の仕組みについて再三説明し、原告も被告会社から送付した文書の内容はすべて理解していたものであり、取引内容については常に原告と連絡を取っていた。原告の主張は虚偽である。また、以上の次第であるから、仮に被告らに責任があるとしても五割以上の過失相殺をすべきである。

【争う。被告会社は本件のごとき違法性の強い取引を全国的に行っており、既に鹿児島地方裁判所でも同種事案で原告敗訴の判決を受けているのに、被告会社は一向に業務内容を改めようとしないため、その後も被害者が絶えない情況にある。このような被告会社やその代表者について過失相殺を認めることはやり得という結果を招くことになりかねない。】

第三証拠

当裁判所が取り調べた証拠は本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるからこれらを引用する。

理由

一  事実経過

当事者間に争いがない事実、関係証拠(甲三、一一の一・六ないし一一、一二の一ないし一〇〇、一五・一六の各一・二、一三、一四、一七、乙二ないし四、五の一ないし四、六の一ないし八、七の一ないし五、一二、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  当事者

(一)  原告は、大正一四年○月○日生れであり、昭和二五年以降農業委員を一三期連続して務め、昭和三〇年ころから養豚業を営んできたが、昭和三三年にa市議会議員に選出され、途中落選したこともあったが平成六年五月二七日まで同議員を務めた。原告は、平成元年ころ心臓病で体調を崩して養豚業を廃業し、平成二年九月には北九州市のb病院に入院して心臓のバイパス手術を受けた後、同年一〇月に鹿児島県姶良郡のc病院に転院し、一時退院した後の平成三年二月から同年六月八日に妻が死亡するまで、妻と共に同病院に入院していた。その後原告は退院していたが、同年一一月六日から再び入院して現在に至っている。原告には従前株式取引や商品先物取引の経験はなかった。原告は、妻の死亡による約金七、八〇〇万円の生命保険金を受領した。

(二)  被告会社は、商品取引所上場商品の売買取引受託業務等を目的とする会社であり、被告Y1は被告会社の代表取締役である。被告会社は大阪穀物取引所、大阪砂糖取引所及び関門商品取引所の会員であり、商品取引員である。被告会社の従業員であるA、B、C及びDは、被告会社の登録外務員である。

2  原告と被告会社との委託取引交渉の経過

(一)  原告の自宅には平成元年ころから商品先物取引勧誘の電話がかかっていたが、原告の妻が死亡した約一か月後である平成三年七月一三日ころ、被告会社の従業員A及びBが原告宅を訪問した。A及びBは、農林省が認めた農産物取引員ですと自己紹介した後、大豆の取引について、値上がりした場合の数値を記載した書面を示し、必ず儲けになりますとか、すぐ倍になりますとか言って、執拗に勧誘した。原告は、金がないと言って一旦断ったが、AやBは、そんなはずはない、少し回して下さると数倍になるなどと言って更に執拗に取引を勧誘したため、原告も金一〇〇万円程度で取引を委託することを了承した。

(二)  同月一五日ころ、被告会社営業課長代理のCが原告宅を訪れ、「一〇〇万円より二〇〇万円出資してもらいますと儲けが倍になります。今が最低価格で今後は上げですから買いを買うだけです。今二四五〇円ですから二六五〇円で売れば私の会社が三〇円手数料を貰い、一七〇円儲けられます。六八万円が儲けになります。一〇〇万円ではその半分です。農林省が認めた取引員ですから嘘は申し上げません。絶対儲けますからお任せください。」などとメモ帳に値上がりした場合についての計算を書いて説明し、執拗に勧誘した。そのため、原告は気持ちを動かされ、金二〇〇万円を出資することを承諾し、同日、郵便局で金二〇〇万円の払戻を受けようとしたが、郵便局に資金がなく、当日は金二〇万円の払戻を受け、翌一六日に金一八〇万円の払戻を受けて合計金二〇〇万円を準備した。なお、原告は、同日ころ、被告会社従業員に対し約諾書(乙二)及び通知書(乙三)に署名押印してこれを交付し、委託契約準則及び「商品先物取引-委託のガイド」と題する書面(事前交付書面)を受領した。

同月一七日ころ、原告は、来訪したCに金二〇〇万円を交付した。Cは、原告宅から被告会社鹿児島支店に電話をして注文を取り次ぎ、当日の夕方、被告会社から「二四七〇円で買いましたのでご了承ください。最低価格ですのですぐ儲けがつきます。」という連絡があった。

(三)  同月一八日ころ、Cは原告宅を訪れ、前に買ってもらった二〇〇万円も一株七〇円儲けていますが、あと三〇〇万円程出資して貰いますと、取前はこれくらいになりますとメモ帳に書いて説明した。原告が農協に金一七〇〇万円位の借金があり、その返済に保険金を回さなければならないのでこれ以上の出資はできないと断ると、Cは、「その保険金を三〇〇万円被告会社に出資してもらって、奥さんの初盆前に全額儲けた金額も含めてごらんにいれますからお任せください。一か月の短い期間ですが、また来年買ってください。初盆までは農協はどうのこうのと言わないでしょう。その時に農協にご返金されても良くはないんですか。三〇〇万円出資してください。必ず儲けさせてあげます。」と、儲けが確実なことを強調して更に出資することを勧めた。原告が農協に相談してみると答えたところ、Cは、同月一九日ころ、電話で催促してきた。そこで原告は、農協に相談に行き、妻の死亡保険金の内金二〇〇万円の払戻を受けたほか、金一〇〇万円を調達し、同月二〇日ころ、来訪したCと被告会社の鹿児島支店営業次長であるDに金三〇〇万円を交付した。原告は、一か月という約束を守って、必ず儲けて農協に返金できるようにしてほしいと頼んだところ、二人とも必ず引き受けると約束し、玄人の自分達に任せるようにと言った。

(四)  ところが、同月二三日ころ、Cが、原告宅を訪れて、「大変なことになった。大豆価格が下がってしまって、先生が買われた時にはシカゴに派遣している情報員の報告では出来高不況との情況で買いは間違いないと思っていましたが、出来高は上出来で価格が下がりました。また、金はドル価格も下がりダブルパンチでどうしても歯止めをしてもらいたい。できるだけでよいですから、一週間限りでよいので歯止めをしてくださいませんか。」と言ってきた。原告は、Cの言う歯止めの意味が判らず、今まで買った金五〇〇万円の分を手仕舞いしてほしいと頼んだところ、Cは、「先生、今売ってしまっては赤字が多くなって大変困りますので歯止めをしてください。僅か一週間ですから。」と言って執拗に歯止めを勧めた。Cは、原告が金五〇〇万円買っているので金五〇〇万円の歯止めが必要だと言って歯止めを勧め、金五〇〇万円で売りを買えばいかに価格が下がっても安心だと言った。原告は、ショックを受け、「そんな金はどこにありますか、到底できない相談だ。」と言って断った。

同月二七日ころ、CとDが原告宅を訪れた。二人はこもごも、今歯止めをかけなければいけないとか、一週間でいいのでどこからでも都合してほしいと強調した。そのため、原告は、金五〇〇万円は用意できないが一週間位であれば金三〇〇万円位は都合してみると返事した。

同月二八日ころ、CとDが金三〇〇万円を取りに来た。原告が定期貯金等を解約して用意した金三〇〇万円を受け取ると、二人は、前に金五〇〇万円出資してもらった買いが下落しているので、あと金二〇〇万円用意してほしいと執拗に勧め、金を出してもらうために原告の娘の店に行っても良いか、一週間から一〇日都合してもらうだけだと言った。原告は、あとは買いを手仕舞いするように言って、金二〇〇万円の金策をすることを断った。

(五)  同月二九日ころ、Cから電話があった。Cは、誰でもよいから都合してくれれば一週間でお返しできるとか、儲かった金を付けて返すので定期貯金の数倍にもなると言って、更に金二〇〇万円を出すように執拗に勧めたが、原告は断った。

同月三〇日ころ、Cが原告宅を訪れた。Cは、メモ帳にいろいろと書いて説明したが、原告には全く判らなかった。しかしCに二時間位も執拗に粘られたため、原告は体調を悪くし、更に金二〇〇万円を出すことを約束してしまった。

同月三一日、原告が娘のEに一週間から一〇日位必要だと言って金二〇〇万円の金策を頼んだところ、Eは、一〇日間だけという条件でこれを了承し、原告の兄であるGから金二〇〇万円を借り入れて原告に交付した。同年八月初旬ころ、原告は、来訪したCに一週間だけだということを念を押して右金二〇〇万円を交付した。

(六)  同年八月六日ころ、原告が約束の期限が近づいたので被告会社に電話すると、Cが原告宅に来て、金八万二九八八円を差し出し、これが儲けた金ですと説明した。原告は、「それでは約束が違う。妻の初盆までの約束で五〇〇万円を出し、歯止めは一週間の約束で五〇〇万円出したはずだ。これ位の金額では初盆も迎えられない。この金は受取できない。一〇〇〇万円持ってこい。」と言った。Cは、「今、大豆を買・売をやっていて儲けつつあります。もう暫くの間辛抱してください。」と言った。原告は、なおも、最後の金二〇〇万円は借金して作った金なので返してくれと言ったが、Cは、「先生、私達を信用してください。決して悪いようにはいたしません。今暫くの間猶予してください。」と言って、返還に応じようとしなかった。原告はやむなく金八万二九八八円を受け取った。

同月二〇日ころ、Cが原告宅を訪れ、「先生、おめでとうございます。一〇〇〇万円の金額が一一〇〇万円になりました。今からどんどん儲かることは受け合います。今暫くの間猶予ください。」と言った。原告は、早く金を返してほしいことや、娘に金二〇〇万円返済しなければならないことをCに告げたところ、Cは「短いお付き合いでございましたが、その内、必ず持って上がりますので。」と言った。

(七)  同年九月一〇日ころ、CとDが原告宅を訪れた。原告は、一〇月一八日から同月末日まで中国旅行をするから手仕舞いして現金化してほしいと頼んだ。二人はこれを了承し、更に、また二、三〇〇万円出資できないかと勧めてきたが、原告はこれを断った。

同年一〇月一五日ころ、原告は、中国旅行が近づいたので被告会社に電話をし、CやDを呼び出したが、二人とも外出中ということであった。原告は電話するように伝言したが、連絡は取れなかった。しかるに、同年一一月三日、原告が中国旅行から帰ると、損仕切で赤字になっている旨の書類が被告会社から三、四通届いていた。原告は、ショックを受けて被告会社に電話をし抗議したが、それ以後眠れない日が続き、同月六日、c病院に入院した。

(八)  その後、C、被告会社の本社の調査室長、被告会社鹿児島支店長Fらが数回病院を訪れ、平成四年一月一六日には退院中の原告宅にCとDが来たので、原告はその都度苦情を述べたが、結局何ら返済が無かった。その後、原告から依頼を受けた原告訴訟代理人が、被告会社に対し、平成六年二月四日到達の内容証明郵便で取引終了の意思表示をしたところ、同月二〇日までに被告会社より金一〇万六一五八円の送金があった。

3  被告会社の委託取引の執行情況等

(一)  最初に原告が被告会社に金二〇〇万円の委託証拠金を交付した平成三年七月一七日、被告会社は、関門商品取引所で、原告の計算において、大豆四〇枚(一枚は六〇キログラム俵の二五〇俵分)を買い建てた。右約定値段は一俵当たり金二四二〇円ないし二四七〇円で、取引総額は金二四四五万円であった。

(二)  次に原告が被告会社に金三〇〇万円の委託証拠金を支払ったのは、同年七月二〇日ころであるが、右入金前の同月一八日、被告会社は帳簿上金三〇〇万円の委託証拠金が入金されたかのように処理したうえ、関門商品取引所で、原告の計算において、大豆六〇枚を買い建てた。右約定値段は一俵当たり金二四〇〇円ないし二四七〇円で、取引総額は金三六四〇万円であった。

(三)  三回目に原告が被告会社に金三〇〇万円の委託証拠金を支払ったのは同年七月二八日ころであった。しかるに、右入金前の同月二三日、被告会社は帳簿上金三〇〇万円の委託証拠金が入金されたかのように処理したうえ、関門商品取引所で、原告の計算において、大豆六〇枚を売り建てた。右約定値段は一俵当たり金二四三〇円で、取引総額は金三六四五万円であった。右は既存の買い建玉の手仕舞いではなく、新規の建玉であり、したがって、右段階で六〇枚分の両建となった。これ以後、最終的な手仕舞い時点(平成六年二月四日)まで、原告の計算における取引は殆ど両建の状態となっている。

(四)  ところで、前記平成三年七月二三日には、Cは原告に大豆価格が下落したから歯止め(両建)が必要であると説明しているが、右のとおり同日の売り建玉の約定値段は一俵当たり金二四三〇円であったものの、翌二四日の売り建玉の約定値段は一俵当たり金二四六〇円から二四九〇円で成立しており、同日手仕舞いした四〇枚の買い建玉(同月一八日の分)については利益が生じている。その後同月末までの約定値段も概ね金二四四〇円から金二五一〇円の間を推移している。

(五)  最後に原告が被告会社に金二〇〇万円の委託証拠金を支払ったのは同年八月初旬であった。しかるに、被告会社は右入金前の同年七月二五日と同月三〇日に各金一〇〇万円の入金があったように帳簿処理し、同月二四日から同月三一日までの間、大阪穀物取引所や関門商品取引所で、原告の計算において、合計二六回大豆の取引を成立させている。

(六)  同年八月六日時点での原告の帳尻金は金八八万二九八八円のプラスであり、この時点で手仕舞いすれば、原告は委託証拠金一〇〇〇万円と右利益金とを受領できたことになる。しかるに、被告会社はその帳尻金の内金八〇万円を委託証拠金に振替え、残金八万二九八八円を原告に交付しただけである。

(七)  同年一〇月一八日から同月三〇日ころまで、原告は中国旅行をしているが、その間、被告会社は、大阪穀物取引所や関門商品取引所で、原告の計算において、合計六回大豆の取引を成立させている。右はいずれも手仕舞いであり、すべて損金が出ている。それ以降平成四年二月一二日までの取引は殆どが手仕舞いであり、その大部分が多額(一回につき金三五万円から金六五万円)の損となっている。

(八)  被告会社は、平成三年七月一七日から平成六年二月四日までの間に、大阪穀物取引所や関門商品取引所で、原告の計算において、合計一九〇回余りの取引を成立させているが、平成三年一二月までの約五か月余りの間に合計一二〇回足らずの取引をしている。右全取引期間において、被告会社は、原告から受領した委託証拠金合計金一〇〇〇万円及び帳尻金(の利益分)から委託証拠金へ振替えた合計金一二一万二八二三円の大部分を、取引による差損及び委託手数料に充当し、原告には、平成三年八月六日に帳尻金として金八万二九八八円、平成六年二月九日委託証拠金の残金として金一〇万六一五八円を支払ったのみである。

(九)  原告は、被告会社から委託契約準則や事前交付書面を受領し、入出金振替通知書(甲一一の一ないし一一)、「売買報告書及び売買計算書」と題する報告書(甲一二の一ないし一〇〇)を受領していたが、Cらの言葉を信じ、その内容は殆ど読まなかった。また、原告は、前記多数回の委託取引について、Cに一任していたものであり、原告自ら取引についての指示をしたことはなかった。

以上のとおり認められ、右認定に反する証拠部分(甲一一の二ないし五、乙五の一、乙八ないし一〇の各記載部分並びに証人C、同A及び同Dの各証言部分)は、前掲証拠(甲三、一三、一四、一七、原告本人)に照らし、信用しがたい。例えば、甲一一の二(入出金振替通知書)では平成三年七月一八日に原告から委託証拠金三〇〇万円が入金されたように記載されており、証人Cも右入金があったかのような証言をしているが、甲一四及び原告本人の供述によれば、原告は同月一九日に右金三〇〇万円の資金準備をしていることが認められるから、右甲一一の二の記載内容及び証人Cの証言部分は信用できない。甲一一の四・五(入出金振替通知書)では、同月二五日と同月三〇日に原告から委託証拠金として各金一〇〇万円が入金されたように記載されているが、証人Cですらそのように金一〇〇万円ずつ二回に分けて入金された記憶はない旨証言しており、甲三、一七及び原告本人の供述によれば、右金二〇〇万円は同年八月初旬ころに入金されたことが認められる。そのほか、証人Cは、原告の計算による取引についてはその都度原告の了承を得た旨証言している点も、前記認定のとおり、右取引は短期間に夥しい回数になっており、これについて原告の了承を得たというのは不自然であり、原告本人の供述するとおり、原告はCに言われるがままに取引を任せていたもの認められるのである。

二  被告らの責任

1  商品先物取引は、少額の委託証拠金で多額の取引を行うことができる投機性の高い取引であるから、僅かな値動きによっても多額の差損益を生じ、短期間で多額の利益を得ることもできるが、また損計算になった場合には、委託証拠金をはるかに上回る損失が発生する危険性の大きな取引である。そして、値動きは、政治・経済・軍事・気象その他の影響による複雑な需給関係や思惑を反映し、さまざまな情報を収集分析してもなお予測が難しいものであり、その取引は高度の専門性を有する。しかも、委託者は商品取引所の商品取引員に委託することによってしか取引を行うことはできず、商品取引員は、右委託を実行するについて広範な裁量の余地がある。したがって、商品取引員は、委託者に対し、危険性を認識させ、その危険を現実化させないために、勧誘及び取引の受託・実行に関し、高度の注意義務を課される。その具体的内容は、商品取引所法、同法施行規則、受託契約準則、商品取引所の定款及び指示事項、社団法人全国商品取引所連合会の受託業務指導基準、日本商品取引員協会の自主規制規則、これらを受けた各商品取引員の社内規則等に規定されており、不適格者の勧誘、無差別勧誘、投機性の説明欠如、売買単位の不明示、断定的判断の提供、利益保証による勧誘、一任売買、返還遅延、過当な向い玉、無意味な反復売買、両建等が禁止されているほか、新規委託者に対する建玉制限や保護育成期間の設定(三か月以内は原則として二〇枚以内の取引に制限)等が定められている。

2  しかるに、原告は平成二年九月から平成三年六月八日まで(一時退院していた時期もあるが)長期入院治療をしていた当時六六歳の高齢者であり、本件取引まで商品先物取引はおろか株取引の経験もなかったうえ、運用すべき余裕のある資産があったことを認めるべき証拠もないのであるから、商品先物取引については不適格者であったというべきであり、原告が当時a市議会議員であったことなどは右判断を妨げない。被告会社の従業員らは、入手した名簿に基づいて無差別に電話をし(証人A)、興味を示した原告宅を訪問して、殊更に大豆の先物取引は利益が確実であるかのように説明し、損計算になった場合に多額の損害を被る危険性を隠蔽しつつ(Aが原告に示した甲一六の一・二には値上がりの場合しか記載がないほか、委託証拠金のことを投資金とのみ記載してあり、一見して取引総額がいくらになるのかは判断しにくい。)、断定的判断や利益保証をして勧誘している。そして、原告からの取引の委託を受けるや、売買の一任を言葉巧みに取付け、原告の手仕舞いの要請を無視し、利益が出ても殆どこれを原告に渡さず、暴落もしていないのに値が下がったと申し向けて原告の理解できない両建をし、短期間に非常に多数回の取引を反復しており、しかも原告から委託証拠金の入金もないのに帳簿上これがあったかのように虚偽の記載をして、右取引を実行している期間も存在している。以上のごとき被告会社の従業員らの行為は前記注意義務に甚だしく反しており、違法性が顕著であるというべきである。

3  そして、被告会社の従業員らには少なくとも重過失があるというべきであり、右被告会社の従業員らの勧誘から委託の実行までの一連の行為につき不法行為が成立するものというべきである。そうすると、右従業員らの行為は被告会社の事業の執行に付きなされたものであるから、被告会社は民法七一五条の使用者責任を免れない。

また、被告会社の取引の勧誘や委託業務の執行に関しては、本件取引以前から極めて多数の同種紛争が発生している(甲四ないし一〇)。したがって、先物取引の受託業務を目的とする被告会社としては、商品取引所法を始めとする各種法規等が定める委託者保護の方策をとるべく、従業員に教育を徹底し、業務内容の改善を図ることが一層強く要請されていたものというべきであり、被告会社の代表取締役である被告Y1にとって、右措置を取ることは取締役としての重要な職務であったというべきである。しかるに、本件取引の経過を見ても、被告Y1は右措置を取っていないというほかないから、被告Y1は右職務を行うに付き重過失があったというべきである。そして、被告Y1の右重過失がなければ原告の損害は発生しなかったといえるから、同被告は原告の損害につき商法二六六条の三の責任を免れない。

三  損害

原告は、合計金一〇〇〇万円の委託証拠金を被告会社に交付し、返還を受けた合計金一八万九一四六円を控除した残金九八一万〇八五四円は、取引による損失及び被告会社の委託手数料に充当されたことによりその返還を受けられなくなったのであるから、右同額の損害が発生したものというべきである。また、本件事案の内容、損害額、訴訟の難易度、審理期間、認容額その他諸般の事情を考慮すると、原告の損害と認めるべき弁護士費用は金九八万円とするのが相当である。そうすると原告の全損害額は金一〇七九万〇八五四円となる。

四  過失相殺の主張について

原告は、本件取引当時a市議会議員であり、相応の見識・判断力があったはずであると推測できるし、被告会社から受託契約準則、事前交付書面、入出金振替通知書、売買報告書及び売買計算書を受領していたにもかかわらず、これらを熟読せず、冷静に判断すれば商品先物取引の危険性にも気付くはずであるのに、被告会社の従業員らの説明を鵜呑みにした点に落ち度があると一応はいえる。

しかしながら、そもそも原告の落ち度は被告会社の従業員らの不当な勧誘行為に起因していることからすれば、過失相殺の判断は慎重にすべきである。そして、本件取引は丁度原告の妻が死亡して一か月余り経過した時期に開始されており、それまでの原告の病名や治療内容から推測される症状、入院療養期間、精神状態、年齢、株取引の経験すらないことなどからすれば、原告は商品先物取引の不適格者であり、そのような原告の軽率さを殊更重く見ることはできない。これに対し、前記二の2、3のとおり被告会社の従業員らの行為こそ、少なくとも重過失に基づく違法性の極めて強い行為というべきであり、そのほか被告会社については他にも多数の同種紛争が発生していることを併せ考えつつ、本件取引全体の経過を見ると、本件取引による原告の損害は被告会社の従業員らが意図的に操作して発生した疑いが濃厚である。これらの事情をも勘案すると、前記原告の落ち度をもって過失相殺をすることは公平の観点からして相当でない。

よって、原告の請求はいずれも理由があるから全部認容し、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩川茂)

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